MIDIのオーディオ化の必要性

ミキシングとは、各楽器ごとの音量や音質を調整し、バランス良く聞けるようにするための作業です。
そのためにはまず「楽器(パート)ごとのバラバラのオーディオデータ」が必要になります。

各楽器ごとに別々のソフトシンセを立ち上げて使用している場合、MIDIデータをオーディオ化せずともそのままミキシング作業に入ることは可能です。
しかし、たとえばProteus VXのような複数チャンネルを同時に演奏出来るソフトシンセの場合、各MIDIトラックの演奏がひとつのステレオトラックにまとめられてしまっています。
このような場合、各楽器ごとに音質や音量の調整ができませんから、バラバラにオーディオデータ化してやる必要があります。

補足:
Proteus VXはパラアウトといって、各チャンネルのトラックの出力先を複数に分けることが可能です。
同様にパラアウトが可能なシンセは多数ありますが、Reaperでのパラアウトはなかなか面倒で、少し制限もあります。
今回はパラアウト機能は使いません。

その他MIDIをオーディオデータ化するメリットとしては、CPU負荷(パソコンの負荷)の軽減があります。
ミキシングというのはミキシング用のプラグイン(エフェクター)を使用しますので、ソフトシンセの負荷+エフェクターの負荷が同時に掛かります。
パソコンがそれほど高性能でないならば、ソフトシンセの負荷分を削ることでいくらかミキシング作業がやりやすくなります。
数GBクラスの大容量音源を使用している場合は、プロジェクトファイルを開くごとに音源の音色ファイルの読み込みが必要になります。
起動に時間がかかるほか、メモリも大量に使用しますが、オーディオデータ化すればこれらの負荷を減らす事ができます。

また、アナログシンセのLFOやランダム波形、最近の優秀な音源に搭載されているベロシティや発音サンプルを自動またはランダムで切り替えるものは、再生する度に出力される音が変わることがあります。
これらのことで不都合が生じる場合は、そのパートだけでもオーディオデータ化する必要があります。

他にオーディオ化することによる利点として波形編集が可能になる事が挙げられます。
波形編集する事で、MIDIの打ち込みだけでは不可能な音を作り出す事が可能になります。

MIDI→オーディオ化の手順

実際にReaperでMIDIをオーディオ化する手順を説明します。
Reaper以外のDAWでも基本的にやることは同じです。

まずはReaperで何か打ち込みをして曲を作ります。
もしくは適当なMIDIデータを読み込ませて、Reaper上で正常に再生できるように調整します。

適当なMIDIデータがない場合はこちらでサンプルMIDIを用意したのでこれを練習用として使用してください。

サンプルMIDI(gm_synth_proteus)

■サンプル曲

今回はこのMIDIファイルを元として説明します。
GM音源の説明で使用したものにドラムを加えてProteus VX用に作り直したものです。
Proteus VX用に作ってありますが、特別なことはしていないのでMIDIデータをいじって他の音源用に作り変えても構いません。

ダウンロードしたzipファイルを解凍し、「gm_synth_proteus.mid」をReaperに読み込みます。
MIDIをオーディオ化する1

挿入位置がズレていた場合は先頭まで移動させます。
その後テンポを調整します。

普通はMIDIファイルで設定されているテンポに自動的に設定されるはずですが、Reaperでは出来ないようです。
サンプル曲はBPM180ですので、先頭にテンポマーカーを挿入します。
MIDIをオーディオ化する2

さらにタイムラインの表示を秒数表示から小節表示に変更しておきます。
MIDIをオーディオ化する3

ファイル終端の調整

ReaperでMIDIを読み込むと、自動的に繰り返しになることがあります。
繰り返しは必要ないので、MIDIパートを曲の終端まで短くします。

ReaperではMIDIやオーディオの終端に到達したら自動で再生が停止します。
(設定で停止しないようにすることも可能です)
曲や使用している音源、音色によっては急に音が止まってしまい不自然になることがあるので、きっちりデータの終わりにはせず、ある程度余裕を持たせておくといいでしょう。
特に今回はリリースの長いパッド系の音色がありますので、必要なら空白のパートを作ってタイムラインの終端を少し延ばします。
MIDIをオーディオ化する4

この辺で一度ファイルを保存しておきます。
こまめにセーブを心がけましょう。

MIDIファイルの調整

MIDIファイルを読み込んだトラックにProteus VXを立ち上げ、Proteus VX標準の音源(Proteus X Composer v2.0.1.exb)を開きます。
サンプルMIDIではチャンネルや音源の初期化の設定をしているので、この時点でReaper+Proteus VXで正常に再生出来ると思います。

次に、MIDIチャンネルごとに音源初期化データを調整します。
この調整によりこのMIDIデータは音楽的にはおかしなことになりますが、高音質でオーディオ化するためにやっておいた方がいい設定です。

ボリューム・パンをリセットする

MIDIファイルをDomino等で開き、すべてのチャンネルの設定を初期化します。
具体的にはすべてのチャンネルのボリューム(CC7)を最大値の「127」に、パン(CC10)を真ん中の「64」に設定します。
(パンはDominoの音源定義ファイルがGM Level1の場合、「0」が真ん中)

オーディオ化した後のミキシング作業では音量やパンの設定はDAWのオーディオトラックで調整するので、MIDIデータ上はこれらの設定は必要ありません。
オーディオ化の際に音量が小さかったりパンが左右に片寄っていると音質に悪影響が出る事があります。

ただしMIDIデータ上でパンをリアルタイムに動かしている場合(オートパンなど)、データ先頭で無効にしても勝手に書き変わります。
このようなパートはパンの設定はそのままで、ステレオトラックで書き出しします。
サンプルMIDIでは「Sequence3」トラックがパンをリアルタイムに動かしています。

同じ理由でボリュームやエクスプレッション等をリアルタイムにデータを変化させている場合、これらのMIDIメッセージは特に書きかえる必要はありません。
今回は「Sequence3」のパン以外はリアルタイム変化はありませんので、ボリューム、エクスプレッション共に「127」に設定しても構いません。
オーディオ化する際の音量は大きければ大きいほど音質が良くなります。

ただしエクスプレッションの値によって音色が変化するような音源を使用している場合は変更するとニュアンスが変わってしまいます。
また0dBをオーバーして音が割れてしまうようであれば音割れしない範囲に留めておきましょう。

エフェクト類を無効にする

リバーブとディレイも無効にします。
これもDAW上で掛けるためです。
特に複数の音源を使用する場合、音源ごとのリバーブを使用すると(楽器ごとにリバーブの種類が変わると)統一感が失われることがあります。
ただし音作りとしてのリバーブの場合はそのままにしておきます。

音源によってコントロールチェンジ番号は異なりますので、適宜置き換えてください。
Proteus VXではリバーブとディレイはそれぞれCC72とCC73に割り当てられています。
GM標準ではCC91とCC94です。

コーラス(CC93)もDAW上で掛ける事ができるので、その場合は「0」に設定します。
ただしこれらは音作りにも関わるエフェクターなので、その音源のそのニュアンスが欲しいなら設定は変更せずそのままにしておきます。

サンプルMIDIではコーラスとディレイは使用していません。

これらの調整をしたMIDIデータは以下のようになります。
「CC:0」「CC:32」「Program Change」は音色の指定データなので変更はしません。
MIDIをオーディオ化する5

これをすべてのチャンネルに設定します。
ただしドラムトラックである「BD」「SD」「HH」「CR」「Splash」は全部同じ10チャンネルで、BDトラックにしか初期化データはないのでBDトラックだけ設定します。

パートごとにソロにする

次に楽器ごとにソロ演奏が出来る状態にします。
今回はすべての楽器(すべてのMIDIチャンネル)をProteus VX上で再生するようにしているためこの作業が必要です。

パートごとにソロ演奏する方法はいくつかあります。

A.DAW上のソロボタンを押す

最もシンプルかつ手軽な方法です。
通常はこの方法でソロにします。

ただしこの方法はReaper上でチャンネルごと(楽器ごと)にトラックが別々になっている必要があります。
最初からトラック分けをして打ち込みした場合はこの方法も可能ですが、今回のサンプルMIDIのように複数チャンネルが含まれるMIDIファイルをReaperに読み込ませた場合、ひとつのトラックにすべてのチャンネルがまとめられてしまいます。

DAWによってはチャンネルごとにトラックを分割する機能を備えているものもありますが、Reaperにはありません。
Reaper独特のファイル管理方法とあいまって、チャンネルごとに手作業で分割するのはかなりの手間がかかります。

あるいはReaperに取り込む前にDominoやその他のフリーソフトでチャンネルごとに別々のMIDIファイルを作り、チャンネルの数だけのMIDIファイルをReaperに取り込む方法もあります。
この場合はフォルダトラックが便利です。
フォルダトラックについてはProteus VXの使い方の「複数チャンネルを使う」を参照してください。

B.音源側でソロにする

ソフトシンセ側で特定のチャンネル以外の出力をオフにしてしまう方法です。

Proteus VXの場合は、上部の「1-16」というタブをクリックすると、チャンネルごとの設定画面に切り替わります。
この画面でソロ演奏にしたいチャンネルを選択します。
(クリックすると赤くなる)
Proteus VX右上部に3つアイコンが並んでいるので(下図参照)、真ん中のアイコンをクリックするとそのチャンネルのみが有効になり、その他のチャンネルの音は出力されなくなります。

MIDIをオーディオ化する6

しかしこの状態でReaperでレンダリングするとなぜか設定が解除されてしまいます。
すべてのチャンネルの音声が出力されてしまいますので上手くいきません。
他のDAWならこの方法でもいけると思います。

C.Reaperのソースのプロパティで設定する

Reaper限定ですが、MIDIパートを右クリック→「ソースのプロパティ」で有効にするチャンネルの設定が可能です。
今回はこの方法がいいと思います。

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「Only play channels」にチェックを入れ、有効にしたいチャンネルを右に入力します。
上図では10チャンネルのみが有効になり、他のMIDIチャンネルはミュート状態になります。

デフォルトではすべてのチャンネル(1~16)が有効になっています。
元に戻したい場合はチェックを外すか、1~16チャンネルすべてを入力し直します。
(チャンネルの数字の区切りには半角のカンマ「,」を使用してください)

パートごとにオーディオ化

どのチャンネルからオーディオ化しても構いませんが、リズムの基本となるドラムからオーディオ化したほうがいいと思います。
万が一ズレが発生した時に調整がしやすくなります。

書き出ししたいトラックのみををソロ再生してみて、そのパート以外の音が入っていないことや、リバーブやディレイ等の余計なエフェクトが掛かっていないことを確認します。
また音量の上げすぎで音割れしていないかを確認します。

OKならReaperメニューの「ファイル」→「レンダリング」を選択します。
「レンダリング」とはここでは「オーディオに書き出し」の意味で、再生した音を内部的に録音し、オーディオ化していると考えましょう。
ソフトによっては「(オーディオの)書き出し」「ミックスダウン」「バウンス」などの名称になっています。

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サンプルレート
出力ファイルのサンプリング周波数の設定。
現在のプロジェクト設定と同じにしてください。
プロジェクト設定はReaperの右上に表示されています。
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通常は「44100」HzのままでOK。
設定を変更する場合は意味を理解した上で行いましょう。
Mono/Stereo
モノラルトラックかステレオトラックかの設定。
左右の広がりが必要ないトラックはモノラルに設定。
ステレオサンプルの音源や、オートパンなどを使用している場合はステレオに。
今回は「ドラムトラック」「Pad」「Sequence3」をステレオに、残りはモノラルに設定。
再サンプルモード
クォリティの設定。
通常は「Higher Quality」のままでOK。
レンダリング範囲
「プロジェクト全体をレンダリング」は最初からトラックペインにあるデータの終端まで、すべての範囲を出力。
「選択範囲をレンダリング」はReaper上であらかじめ選択した範囲のみをレンダリング。
「数値指定」はその名の通り、何秒から何秒までを数値で指定します。
通常は「プロジェクト全体」で構いませんが、楽曲全体の一部分でしか再生されない音などは前後の空白が無駄になるので「選択範囲をレンダリング」を使用しましょう。
出力ファイル
実際にファイルを出力する場所と名前の設定。
トラックごとに楽器名を付けるなど、わかりやすい名前にしておきます。
場所はReaperのプロジェクトファイルと同じ場所に設定。
またはプロジェクトファイルの場所に「Audio」などのフォルダを新規に作ってそこに保存します。
マスターミックスをレンダリング
マスタートラックから出力される音をそのままレンダリングします。
通常はオン。
選択したトラックを似た名前のファイルへレンダリング
選択トラックを個別に出力します。
通常はオフ。
終了後新しいトラックへアイテムを追加する
レンダリング終了後、Reaperのトラックにいま出力したオーディオファイルを自動で読み込む設定。
通常はオフで構いませんが、今回は後でミキシング作業をするのでオンにしておきます。
ミキシング後に最終的に2ミックスを書き出す場合(Reaper上で編集しない場合)はオフにします。
出力ファイル形式
書きだされるファイルのフォーマットの設定。
通常は「WAV file output」でOK。
WAVビット深度
出力ファイルのビット深度の設定。
現在のプロジェクト設定と同じにしてください。
数値が大きいほど音が良くなりますが、ファイル容量が大きくなります。
こだわるならミックス段階では24bitに、最終的な2ミックスの書き出し時には16bitに設定すると良いでしょう。
もし問題が発生する場合は16bitに設定しましょう。

注意すべきは、トラックによってモノラルかステレオかの設定を変える必要があるという点です。
基本的にはそのトラックの出力がステレオかモノラルかによって判断します。
ソロで音を聞いてもどちらか判断できない場合は、トラックのメーターで判断してください。
モノラルの場合は左右のメーターの振り方が全く同一になります。
(パンが左右に振られていないかに注意)

ドラムの場合、楽器ごとにバラして書き出す場合はモノラルトラックにします。
左右に配置されている楽器をまとめて書き出す場合はステレオトラックにします。

すべてステレオトラックにしてしまっても音楽上は問題ないのですが、ステレオトラックはモノラルトラックの倍のデータ容量が必要になります。
モノラルの音をステレオトラックで書き出しすると音は変わらないのに不必要にデータが大きくなってしまいます。

上記の設定が終わったら、「OK」ボタンをクリックします。
しばらく待つとオーディオ化が完了します。
サンプル曲は短いので、すぐに終わると思います。

レンダリングが終わったら、今書き出ししたオーディオファイルがReaperに新しいオーディオトラックとして読み込まれています。
そのトラックをソロで再生して確認してみてください。

同様の作業をチャンネルの数だけ繰り返します。
ただしモノラル/ステレオの設定の確認と、今書き出ししたオーディオトラックはミュートしておいてください。
これを忘れるとそのトラックの音が混ざってしまうので注意してください。

管理人の環境ではReaper + Proteus VXでレンダリングすると、書き出し終了後に100%フリーズしてしまいました。
Reaperメニューの「オプション」→「設定」を開き、「Audio」タブ→「停止時もFX処理を行う」のチェックを外すとフリーズせずに書き出しが出来ました。

オーディオの書き出しについて補足

ドラムについて

ドラムキットは複数の楽器をまとめたもので、そのままドラムトラックをソロにしただけでは楽器ごとにバラすことができません。
簡単に済ませる場合はこれでもいいですが、練習なのでバラしてオーディオ化しましょう。

ドラムをバラす

これはDomino等でMIDIデータを編集することになります。
バスドラを書き出しする場合ならバスドラ以外の音をすべて削除した状態でデータを保存し、Reaper側に反映させた状態でレンダリングを行います。
今回はWindowsエクスプローラー上でMIDIファイルを必要なトラック分コピーし、Reaperに読み込みフォルダトラックにし、Dominoで不要なトラックを削除しました。
(上図参照)
クラッシュとスプラッシュシンバルは用途が似ていてタイミングの被りもないのでひとつのトラックにまとめてしまっています。

ハイハットなどはデフォルトで左右どちらかにパンが振られている事が多いです。
出来れば書き出し時に真ん中から聞こえるようにMIDIを調整しておきましょう。

基本的にモノラルトラックとして書き出ししますが、クラッシュシンバルやタムなどは複数個を左右に並べて使用します。
これらはひとつひとつ個別にモノラルトラックとして書き出ししてもいいですが、「クラッシュシンバルトラック」「タムトラック」としてステレオトラックにまとめてしまって書き出ししてもOKです。
今回はクラッシュとスプラッシュを同じトラックにしていますのでステレオトラックで書き出しします。
他はすべてモノラルで構いません。

エフェクトのオン/オフ

今回は単純にMIDIデータをそのままオーディオ化しました。

実際に楽曲を制作する場合、MIDIの打ち込み時に音源の出力にDAW上でエフェクトを掛けることがあります。
この場合、エフェクトを掛けたままオーディオ化する方法と、いったんエフェクトをオフにしてオーディオ化する方法とがあります。

エフェクトを掛けたままオーディオ化すると、後からエフェクトのパラメータを調整する事が出来なくなります。
その代わり、以降そのエフェクトを掛ける必要がなくなりますから、マシンパワー(CPU)の節約になります。

エフェクトをいったんオフにしてからオーディオ化すると、後からパラメータを調整する事が可能となります。
その代わり、その分マシンパワーが必要になります。

どちらが良いかは使用するエフェクトによって変えるといいでしょう。
楽器の音色の一部としてエフェクターを使用しているような場合(エレキギターなど)はエフェクトオンのままでも構いません。
リバーブやディレイなどはミキシング時の調整が大事ですから、エフェクトオフで書き出しすべきです。
重たいプラグインを多用する場合はエフェクトオンのままオーディオ化してしまった方が作業効率がアップします。

Reaper以外のDAW

Reaper以外のDAWでも「特定のMIDIチャンネルをソロ演奏にし、オーディオに書き出し」という、基本的に同じ操作でオーディオ化を行います。
ただ、DAWによってはもっと便利な機能が用意されている事もあります。

たとえばCubaseやReaperの最新バージョン(有料)では「フリーズトラック」といって、ボタン一つでソフトシンセをオーディオ化が出来る機能があります。
ソフトシンセだけでなく、トラックにインサートしているエフェクター類も一緒にフリーズする事が可能です。
重たいソフトシンセは積極的にフリーズすることによってCPUパワーが節約できます。